日本が世界から遅れを取り始めている理由とは 〜戦後日本が抱えた4つの問題点

オピニオン
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こんにちは、オノユウ(@yumaonodera_)です。

私は最近日本に危機感を抱いています。

どうしてかっていうと日本が色々な面で世界から遅れを取り始めていると思っているからです。

堀江貴文さんや落合陽一さん、箕輪厚介さんとかが頑張って日本をアップデートしようとしてる人がいるのはわかります。

ですが正直言って多くの人はあまり日本の現状を直視できていないんじゃないかなと・・・

もっと多くの人に日本の現状を正しく理解してほしいと思うので、今回は「政治」「教育」「働き方」「国民性」の4つの観点から日本の問題点をみていこうと思います。

政治

まずは政治の問題点。

色々あるんですが今回は主に「年金制度」について取り上げます。

日本の政治は、「大きな政府」といって国の役割が大きいのが特徴です。

わかりやすく言うと、「国が個人に変わって色んなことをしてあげますよ」という仕組みです。

そしてその特徴がよく表れているのが「年金制度」です。

 

働けなくなったら国が面倒見てあげます、その代わりその分の費用を若い人は働いて納めましょうねということです。

年金制度は昔ならよかったと思います。

ただ今はもう時代に適した制度とはとても言い難いです。

むしろ出生率が2.0を下回った今では、年金制度は制度的に破綻しかけていると言えます。

年金制度は今の時代に適さない

日本は今、少子高齢化社会といって若い人が少なくなり高齢者が増えているのが現状です。

年金を納める人が減り支えなければいけない高齢者が増えているため、若い人の負担がどんどん増えています。

こうした状況が続けば、20代や30代の働き盛りの世代が面倒見てもらう頃にはもらえる年金は今よりもっと少なくなっているだろうと言われています。

たとえもらえる年金の額は同じでも、その分物価が高くなっていたり、税金が高くなっていたり、年金受給開始年齢が引き上げられていたりはするでしょう。

 

若い人が高齢者を支えるという年金の仕組みは、子供がどんどん増えていった高度経済成長期の昔ならまだよかったでしょう。

ただ、少子高齢化社会の今の時代には適さないのです。

日本はすでに、制度そのものを抜本的に見直す時期にきています。

日本の政治家は日本を変えられない

ただでさえ国の借金は膨らむ一方なのに対し、国会議員は世界でもトップクラスの給料を貰い、国民の税金で様々な恩恵を得ています。

韓国の国会議員年収は約800万、イギリスは約970万、アメリカは約1700万です。

日本の国会議員は約2200万でさらに諸手当も含めると4000万は超えます。

 

学校では怒られる居眠りも国会では許される。

与党は改革不十分で、野党は野次ばかりで対案を示さない。

ただ国民に耳障りのいいことを言って人気をとって、あとは長く勤めていればいいだけの政治ゲーム。

これが日本の政治の現状です。

教育

日本の教育は世界的に見てもかなり優れていました。少なくとも今までは。

江戸時代の寺子屋で教える算数は高度なもので、明治時代以降も教育は重要視されていました。

多くの国がすでに認識しているとおり、教育は時代と共に変わっていく必要があります。

グローバル化が進んだ今英語は必須科目だし、プログラミングスキルなども必要になってくると言われています。

近年、政府主導で進められた教育改革によって日本の教育もようやく変わりはじめました。

 

2020年には外国語活動は小学3年から、英語教育は小学5年から始まります。

また、プログラミングも必須化される予定です。(プログラム言語を学ぶのではなく問題解決の手順などを学ぶのが主になる)

ですが私からすると、日本教育の根本的な問題は昔から何も変わっていないんじゃないかと思うんです。

全体主義的な教育はとっくに時代遅れ

平成も終わろうとしている現代でも未だに戦後教育のなごりが残っています。

戦後、徴兵されたときのために団体行動を訓練しておこうと始められた運動会や行進、組体操は今も全員参加の行事として残っていて、

毎年大人たちのエゴによって子供たちが事故や怪我をするケースは後を絶ちません。

 

また、授業で子供たちが自分の意見を自分で主張する機会もほとんどありません。

学校では常に団体行動を強制され、周りに合わせて行動し、空気を読んだ発言をするよう教えられる。

目上の人を尊重するよう教えられ、より立場の高い人や、より多くの意見に対しては物申すも許されない。

全体主義的な教育によって今も子供達の自由や好奇心を閉じ込めてしまっているのが現状です。

戦後の復興期においては規律をしっかりと守る画一的な人材が求められていたかもしれません。

ただ、今はどうでしょうか?

むしろ自由で型破りな発想ができ、社会のイノベーションを牽引できるような強いリーダーシップが発揮できる人材が求められているんじゃないでしょうか。

日本教育の闇 学校での犯罪は日常茶飯事

また、日本では学校で一部の犯罪を犯すことは罪には問われません。

こう聞くと極端な意見だと言われそうですが果たしてそうでしょうか?

 

例えば、先生が生徒にしつけと称して暴力を振るう。

これは本来は暴行罪ですが学校では体罰という名で扱われ暴力を振るった先生は刑事罰に問われません。

 

多くの生徒が一人の生徒に対して、「死ね」などの暴言を吐いた。

これは脅迫罪にあたります。

でも日本の学校ではいじめという名目で処理され、運良く発覚した場合でも注意喚起する程度にとどまります。

 

本来立派な犯罪であるはずが、事件の現場が学校だからというだけで別の軽い言葉へと置き換えられ、野放しにされているのが現状です。

子供たちに自由と個性を

子供時代の多くを学校で育った子供達は、一人では何も出来ず、集団の前で意見が言えず、夢も希望も主義も主張も何にも持たない空っぽの大人に育っていきます。

今の日本の学校は規律に従うロボットのような人間を大量生産する工場と言えるでしょう。

 

ただそんな人間はグローバル化していく現代においては全く通用しません。

そのうちAIや単価の安い海外労働者に取って代わられます。

未だに日本の教育は戦後の思想から抜け出せていないんです。

だからゆとり教育のときも学力といった数値だけを見て中途半端な状態で改革をストップしてしまいました。

 

今の時代は自由や個性を尊重する教育をすべきです。

自由と個性の尊重こそが社会にイノベーションをもたらす人材の育成につながると思います。

働き方

前記の「教育」でお話しした通り日本の学校は個より集団を重視し、子供達は周りの空気を読むことや意見を主張するのではなく意見を合わせることを徹底的に教えられます。

そんな学校で育った大人がごく普通のサラリーマンとして会社で働くとどうなるでしょう。

ストレスのたまる人間関係

日本の会社では、まさしく空気の読み合い、お互いの探り合いが常に行われています。

そんな異質な空気感の中で働き、待っているのは会社の飲み会。

ここでもまた空気を読むことは欠かせません。

上司への気遣いや会話の進行に対しても注意が必要です。

 

また、どんなにくだらない上司の愚痴や説教にもしっかり耳を傾けなければいけません。

目上の人間をリスペクトするふりをすることは日本の会社ではとても大切なことだからです。

会社にいる限り我慢しなければいけないことは多く、日本人の働き方はとにかく高ストレスなのです。

非効率な働き方

政府は今働き方改革を掲げ、制度改革に乗り出しています。

これはとてもいいことです。

ただ現場レベルでは何も変わらない。それが問題です。

例えば、通信手段。

今はラインやスラックなどのアプリがあるにも関わらず、日本企業は未だに電話やメールが主流です。

ラインやスラックの方がより気軽にコミュニケーションでき、電話と違い非同期通信なので相手の時間を奪うことも少なくて済みます。

にも関わらず、未だに旧時代の通信手段を手放せずにいるので生産性が低いのです。

 

また、仕事が終わっても定時まで必ず会社にいなければいけないという会社も多いです。

プログラマーとかであれば、案件のスケジュールに余裕のあるときは午前中で仕事が終わる場合もあります。

私の場合、丸一日何もすることがないということもありました。

こういう場合、何もやることがないなら帰宅させればいいのですが、定時までは必ず会社にいなければならず結局1日中ネットサーフィンするハメになったこともあります。

 

日本は戦後の高度経済成長期からいまだに働き方が変わっていないんです。

これからの時代は、もっと状況に応じて柔軟な働き方ができるよう会社レベルで改革する必要があります。

ただ集団主義的な教育を受けた大人に真の働き方改革が徹底できるのかというと、かなり困難だと私は思っています。

国民性

私は日本生まれの日本育ち。

友達に誘われて初めて海外旅行に行った時まで、日本人の国民性を意識することはありませんでした。

しかしいったん世界に出て、外の視点から見てみると、日本人の国民性が見えてきました。

同質性を好む島国的な価値観


まず日本人は同質性を重視します。

つまり、自分達と違う考え方や価値観を持った人間を好みません。

そういう人間を見ると異質な存在として集団から排除しようとします。

 

皆さんのまわりにもいませんか?

陰口を言ったり特定の個人に対して嫌がらせなどをしたり仲間外れにしたり。

違う考え方や価値観を持つ人がいれば、お互い意見をぶつけて議論したり、お互いの違いを認め合ったりして最後は握手すれば良いではないか。

むしろ積極的に違う価値観に触れることで人間としてより成長できると思います。

 

でも日本人はそういったことにあまり慣れていません。

それは教育の問題もありますが、それ以外に日本の歴史的、地理的な問題もあるのです。

日本は島国で日本が鎖国を終えた明治時代までほとんど外国と接することはありませんでした。

また今でも移民はほとんど受け入れず、ほとんど日本人だけの単一民族国家です。

もっと多様な価値観が存在していい

日本に対して欧米はどうでしょうか。

アメリカは元々ヨーロッパからの移民や黒人奴隷の子孫でできている国だから、価値観の違いに対して慣れています。

また価値観の違いを乗り越え、多くの価値観を取り入れることで発展していった歴史もあります。

ヨーロッパは古くから宗教や言語、価値観の違う国同士、時に争い、時に協力し合うことで発展していった歴史があります。

言うまでもなく多様な価値観を持った国民が暮らしています。

 

ちなみに欧米以外ではマレーシアやインドネシアなどの東南アジア諸国なども元から住んでいた様々な民族と移民で成り立っているので価値観の違いには慣れています。

世界には多様な価値観を持つ人同士が会話し議論し、成長出来る環境が揃っています。

 

日本では、SNSを使う若者世代を中心に多様な価値観を受け入れる寛容さは徐々に成長していますが、それでもまだまだだと思っています。

もっと世界レベルで色々な価値観に触れなければ日本人はやがてガラパゴス化してしまうでしょう。

移民をもっと受け入れ、世界中から人を集め、より多様な価値観を取り入れる必要があると思います。

まとめ

これまで、政治、教育、働き方、国民性の4つの問題について書いてきました。

これらの問題は戦後の日本が抱えたままずっと解決されずに放置されてきた問題だと思うのです。

戦後日本が抱えた問題点が根本から解決されない限りは、日本がこの先発展することはないでしょう。

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