国家論 国家についての考察と国民国家に代わる新しいコミュニティについて

オピニオン
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こんにちは、オノユウ(@yumaonodera_)です。

今回は「国家」に関するお話。

前半は国家の定義や国家が果たす役割について解説し、後半では国民国家に代わる新しいコミュニティについて提唱します。

国家とは何か

「国民国家」と「国家」の定義は微妙に異なります。

基本的には「国家」の中に、「国民国家」という概念が存在すると考えてください。

国民国家の必要性が今回のテーマですが、国民国家について考察する前に、まずは「国家とは何か」ということを改めて振り返る必要があります。

なので、「国民国家」のことはいったん脇に置き、まずは「国家とは何か」について解説していきます。

国家の定義

統治機構を備える政治組織のことです。

国家は3つの要素を兼ね備えています。

国家の三要素

  • 領域(領土、領海、領空が一定に区画されている)
  • 人民(恒久的に属し、一時の感情で抜けたり、参加したりできないこと)
  • 権力(国民や外国に対し、物理的実力を行使できること)

国家のハードルは高い

国家を名乗るハードルは割と高めです。

 

オンラインサロンは国家になれるか

例えば、仮に1000万人が参加する超巨大オンラインコミュニティがあったとします。人口1000万人というと、ベルギーとか、ポルトガルとか、ギリシャぐらいの規模です。

ただ、それだけの参加者がいたとしても「うちのコミュニティは国家です」と言ったところで、国家としては認められません。

なぜなら、領土や領海といった国家の必要要素を満たしていないからです。

オンラインサロンが領土や領海を持ったら、国家の実現性は大きく上がります。

とはいえ、それはもう「オンライン」のサロンではないですよね。

 

アップルは国家になれるか

iPhoneのメーカーで有名なアップルの場合はどうでしょうか?

2018年の売上高は2,656億ドル、日本円に換算すると、約29兆円です。これはフィンランドの国内総生産より多いです。

たとえフィンランド国民が力を合わせたとしても、アップルの売上高には敵いません。

ところが、アップルは「国家になります」といきなり宣言したところで、国家としては認められません。

なぜなら、アップルの社員は辞めたくなったら、退職届さえ出せば辞められるからです。

そう、アップル社員は生まれた時からアップル社員ではないし、一時の感情でその組織から抜けることができるのです。

だからアップルは国家にはなり得ない。

 

NATOは国家になれるか

アメリカやイギリス、フランス、ドイツなどの欧米諸国が集う軍事同盟「NATO(北大西洋条約機構)」。

世界最強レベルの軍隊が揃い、これまでにも様々な紛争に介入し、対テロ活動などで成果を挙げてきました。

強力な軍隊を持つNATOなら国家になれるでしょうか?

いいえ、NATOは国家にはなれません。

なぜなら、NATOが行使できる権力はあくまで軍事に限定されているからです。

NATOはあくまでも参加国が自前の軍隊を持ち寄って結成しているだけなので、憲法や法律を作って国民を従わせることもできないし、他国と貿易交渉をすることもできません。

 

繰り返しですが、国家の要件は下記の3つ。

  • 領域(領土、領海、領空が一定に区画されている)
  • 人民(恒久的に属し、一時の感情で抜けたり、参加したりできないこと)
  • 権力(国民や外国に対し、物理的実力を行使できること)

どれだけ人口(参加者)が多くても、どれだけ資産が多くても、どれだけ強力な軍隊を持っていても、

領域、人民、権力の全てを満たしていなければ、国家とは認められないのです。

国家が果たす役割

色々あります。

ざっくばらんに列挙すると、下記の通りです。

  • 国民の安全保障
  • 治安維持
  • 資源の配分
  • 通貨の発行
  • 経済の安定化
  • 富の再分配

国民の安全を保障したり、必要なところにお金や資源を回し、そこに住む人々が安全かつ快適に暮らせるように環境を整えるのが国家の役割です。

コミュニティの主体はなぜ「国家」なのか?

ところで、なぜ私たちが暮らす時代には「国家」という概念が存在しているのでしょう?

狩猟採集時代には国家はありませんでした。

なのに、現代の私たちはやはり「国家」の中で生きている。

 

今では「国家」という枠組みは現代人にとって当たり前になりつつあります。

当たり前であるがゆえに、「国家」が存在しない頃の生活について想像すらしたことがないという人も多いかと思います。

しかし実際には、「国家」という概念が誕生したのは、人類が誕生してからつい最近の出来事なのです。

 

狩猟採集時代のコミュニティ

国家が存在する以前の時代、人々は集落、村、町、都市といったコミュニティで暮らしていました。

狩猟採集や農耕時代の人々は小さな集落で暮らしていました。

現代の感覚で言うと、市町村の規模より小さいでしょう。

実際、日本にある縄文時代の遺跡は、各市町村の領域にすっぽり収まっています。

 

現代では国家が担っている「安全保障」や「資源の配分」といった役割は、狩猟採集時代ではどうなっているのか。

国家ではなく、個人で行っていました。

狩猟採集時代であれば、複数人で狩りを行い、獲った食料はすぐに山分けするので、資源の配分を事細かく決める機関は必要ありません。

また、その頃は移動中心の生活だったこともあり、明確な領土といった概念は存在しません。

食料や資源を蓄えることもないので、集落同士の紛争や、大規模な略奪もほとんどなかったと言われています。

 

農耕採集時代のコミュニティ

農耕時代からは、人々は作物を育て、蓄えるようになります。

作物を蓄えることで、食料がなかなか取れない時でも飢えに苦しむ危険性が少なくなりました。

蓄えた食料や資源は、必要に応じて集落のリーダー格や食料の管理をする担当によって配分されます。

しかし反面、蓄えた食料を略奪する勢力も出てきました。

したがって、人々を結束させ、安全保障を考える必要性も出てきました。

食料・資源の配分、安全保障……

この時代から、集落は国家に近い役割を担うようになりました。

 

人口が増えるとどうなるか?

農耕時代の人々は、腰痛や肩こりに悩まされるようになったものの、安定して食料を調達でき、狩猟で死ぬ危険性も少なくなりました。

したがって、集落の人口は順調に増加して行きました。

ところで、人口が増えるとどうなるでしょうか?

まず増えた人口の分だけ、食料(米、小麦などの作物)や住居を確保する必要があります。

そして作物を育てたり、新たな住居を建てるには、土地を広くする必要があります。

しかし、土地を広くすれば、土地を持つ集落同士で縄張り争いや、そこにある食料を巡る争いに発展します。

こうして、より強いコミュニティが他のコミュニティを併合し、それを繰り返すうちにコミュニティの規模はどんどん大きくなっていったのです。

 

より大きなコミュニティでは明確なルールが必要になる

しかしコミュニティの規模が大きくなると、秩序を保つのが難しくなります。

そこで登場するのが、今で言う憲法や法律、条約のような「ルール」です。

自コミュニティでは「誰が権力者なのか?」「争いごとはどう解決するのか?」といったルールを明確に定め、

一方で他のコミュニティとも「どこまでが領土なのか?」「どのように貿易をするか?」といったルールを決めていきます。

こうして、農耕時代からは徐々に今の近代国家に近づく形で「国家」という大規模なコミュニティが誕生していったのです。

国民国家はいかにして誕生したのか

15世紀半から20世紀にかけては、列強が各地の植民地を支配する帝国主義時代になりました。

土地や資本を求めて侵略し、他コミュニティを併合する。

これも歴史に照らし合わせれば、実は人類が大昔からやってきたことと同じです。

人類の歴史は、混沌から統一の過程とも言えます。

 

帝国による支配は地域住民の国民意識の形成を促した

しかし、人類はいかなる時も統一の方向に向かっていくかというと、そうではありません。

列強はしばしば支配圏の住民の搾取を行いました。

それが結果として、その土地に住む人の国民意識の形成を促したのです。

団結の必要性を感じたり、異文化に触れることで、自分の住む地域の国民性や共通性を意識することはしばしば起こりえます。

したがって大戦後には、アジアやアフリカなどの地域で多くの国々が独立、国民性を形成し、独自の文化を築いていきました。

 

価値観の違いも国民国家の独立につながる

大戦後に国が独立する原因になったのは、主に列強による搾取が原因ですが、

単にその領域内に住む住民と価値観が合わないだけでも独立の原因になり得ます。

例えば、かつて存在したユーゴスラビアはという国は「七つの国境、六つの国、五つの民族、四つの言葉、三つの宗教、二つの文字、一つの国家」と呼ばれるほど多様性に富んだ連合国家でした。

しかし、民族も言葉も宗教も違う人々が共通のルールに従って、同じ地域に住むことで、住民たちは次第にストレスを溜めていきました。

ストレスが溜まった住民たちは次第に自分たちの帰属先を巡り、対立を深め、やがてユーゴスラビア紛争へとつながったのです。

結果として、ユーゴスラビアはバラバラに分裂し、セルビアやモンテネグロといった別々の民族ごとの国民国家が誕生することになりました。

 

最近は南スーダンという国が、スーダンから独立を果たしました。

これもやはり南スーダンに住んでいる住民が、北側に住む住民と価値観が合わなかったに起因してます。

かつてスーダンでは北側がアラブ人イスラム教徒が多数を占める一方、南側ではブラックアフリカのキリスト教徒が多数を占めていました。

人種も宗教も違い、さらに悪いことに油田が南北の境に位置していることから、紛争が起きました。

結果、南スーダンは独立、新たに国民国家を形成することになりました。(ただし今現在も民族単位での争いが続いている)

 

このように、価値観の違いを認識したところから、国民国家の形成は始まります。

現代では、ほとんどの地域の住民が国家への帰属意識を持ち、「自分は〇〇国民だ」というアイデンティティを持っているでしょう。

試しにアメリカに住む人を見かけたら、「あなたは何人ですか?」と聞いてみてください。

きっと「アメリカ人です」と答えるはずです。

「カリフォルニア人です」とか「ネバダ人です」とかあるいは「地球人です」とは多分答えないでしょう。

国民国家の本質的な役割

国民国家の本質的な役割は、少数派を保護することにあります。

例えば、日本と中国が合併したら、中国人の方が人口が多いので、やがて日本語話者より中国語話者の数の方が多くなるでしょう。

 

日本列島に住む日本語話者が少数派になってしまった場合どうなるでしょうか。

やがて、街では日本語の看板は減り、中国語の看板が目立つようになります。

行政や医療の手続きも、中国語で行うようになるかもしれません。

教育も中国語が必修となり、日本語は副教科程度になるかもしれません。

そうするうちに、日本語話者の住民は不便な生活を強いられるようになり、やがては日本の伝統文化も失われてしまうことでしょう。

 

歴史的に見ても、コミュニティの少数派は不便な思いを強いられ、少数派の文化は徐々に失われることがしばしば起こっています。

そうならないように、同質の価値観を持つ人間同士でコミュニティを形成し、異質な価値観を排斥する。

これが国民国家の主な役割と言えます。

国民国家の必要性への疑問

しかし現代においては、その国民国家の必要性に疑問が生じてきています。

その理由は主に3つ。

  • 価値観の共通化
  • ヒト・モノ・カネのグローバル化
  • 地球規模の問題への対処

一つずつ解説していきます。

価値観の共通化

マスメディア、インターネット、SNSの普及により、とりわけ先進諸国では価値観の共通化が進んでいます。

現代のテレビ番組では、外国で起きた出来事をニュースとして取り扱ったり、外国の事件を「衝撃映像」と題して放送することも少なくありません。

インターネットやSNSでは、外国の情報に気軽にアクセスでき、外国人の意見と触れ合うことができます。

こうして他国の文化と触れ合ううちに、徐々に価値観の共通化が進んできています。

したがって、分かり合えない者同士を分離するという国民国家の意味は薄れてきていると言えます。

ヒト・モノ・カネのグローバル化

21世紀からは急速にグローバル化が進んでいます。

 

人の移動が世界規模になりました。

外国企業で働いたり、外国に移住する人も現代の先進諸国では珍しくありません。

日本も今後は外国人労働者が増え、ますますグローバルな就労環境になっていきます。

 

物の移動も世界規模になりました。

スーパーでは外国の肉や果物が立ち並び、服屋に並ぶ洋服は中国やバングラディシュで安く作られた服がほとんどです。(2015年時点で、日本製の洋服は3%未満)

一方で、外国に行けば日本車に出くわすことも珍しくありません。

 

お金の移動も世界規模になりました。

今やお金はデータに変換され、世界のビジネスマンはお金を使い取引をしています。

あなたも一度は、海外のサービスを利用し、クレジットカードで決済をし、お金の移動を済ませたことがあるのではないでしょうか。

 

さて、様々なものが世界規模で行き交う時代になると、国境は人や物の流通を妨げる弊害にもなります。

そのため、多くのヨーロッパ諸国は国境を撤廃しています。

国境が廃され、より人と物の流通が加速すると、国民としての同質性は薄れ、国民国家の意味も薄れてきます。

地球規模の問題への対処

現在は、AIや遺伝子工学などの分野でテクノロジーの競争が進んでいます。

注目すべき国は、「アメリカ」と「中国」です。

アメリカがAIを開発すれば、中国もより優れたAIを開発する。

中国が遺伝子工学の研究を進めれば、アメリカもより研究費用を追加し、研究を後押しする。

こうして両国は、他国よりも優位に立ち、自国の発展を発展させるため、テクノロジーの競争をしているのです。

 

しかし、こうしたテクノロジーの競争には、適切に規制を設ける必要があります。

なぜなら、行き過ぎたテクノロジーの追求は人類全体に悪影響を及ぼしかねないからです。

 

例えば、アメリカが全人類のスマートフォンのやりとりを監視し、自国に敵対的な発言を行った人はドローンなどのAI兵器で抹殺するというシステムを開発したらどうでしょうか?

人類はAIに支配され、言論や表現の自由が脅かされてしまうかもしれません。

中国がヒトの遺伝子を操作し、あらゆる能力を極限まで高めた超人類を作ったらどうなるでしょうか?

一部の超人類による支配が待っているかもしれません。

あるいは、インドが地球全体を攻撃できるミサイル衛星を開発したら……

北朝鮮が地球全体を死に至らしめるバイオ兵器を開発したら……

きっと誰にとっても良い結末を迎えないでしょう。

こうしたことにならないように、地球規模の規制が必要です。

 

また、環境汚染や貧困・紛争の解決も、一国では対処できない場合が多いです。

実際、中国の環境汚染の影響が韓国や日本でも出ているし、シリアの難民がドイツやフランスに押し寄せてきているのが現状です。

そのため、やはり環境汚染や貧困・紛争の解決も地球規模で対応していく必要があります。

 

価値観や経済がグローバル化するなか、政治だけが国家の枠組みに取り残されています。

その構造の歪みこそが、環境汚染、貧困、紛争、移民問題、過当なテクノロジーの競争に繋がっているというのが現状です。

地球規模での協力を考えた際、国民国家という枠組みは足かせになります。

したがって、国民国家という枠組みは今の時代に適さなくなってきていると私は思うのです。

国民国家に代わる新しいコミュニティ

私たちは、そろそろ国民国家に代わる新たなコミュニティを模索するべきではないでしょうか。

つまるところ、従来の国家が持っている権限の一部または全部を、何か地球規模の大きな組織に移譲するべきではないかと。

 

では、国家に代わる新しいコミュニティへ移行する上でどのような案が考えられるのか。

私が考えている案は下記のとおりです。

  • 第一段階 国際的な機関を設け、各地域の文化・情勢について調査(現地調査)
  • 第二段階 河川や山脈などの地形を考慮に入れつつ、文化が似た地域同士でEU型の統合体を形成(通貨統合、国境撤廃、連合形成)
  • 第三段階 統合体に所属する国の政治を統合し、連邦として国家を統一(政治統合、連邦形成)
  • 第四段階 統一的な地球政府を建設、いくつかのエリアで地方自治政府を設ける(地球統一)

まさにEUの標語でもある「多様性における統一」を地球規模で推進していくべきではないかというのが私の意見です。

 

多様性は、文化の発展と想像力の成長を促します。

統一は、行政の効率化と問題解決を促します。

多様性を尊重しつつ地球規模でコミュニティを統合していくことにより、今ある地球の問題は解決され、さらに人類の相互理解も深まると私は考えています。

まとめ

歴史を振り返ってみても、コミュニティのあり方はその時代に適した形へと変化していきました。

現代の私たちも、国民国家というコミュニティのあり方について今一度見直す時期ではないでしょうか。

 

最後に本の紹介をさせてください。

下記の本は、私が国家について考察する上で非常に参考になり、そして新しい価値観を与えてくれました。

値段以上の価値はあると思うので、よろしければ読んでみてください。

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