ネット上で批判する人の共通点と対処法を解説します

オピニオン
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こんにちは、オノユウ(@yumaonodera_)です。

先日、下記のツイートをしました。

Twitterとかオンラインサロンのようなコミュニティを利用している人って慣れないうちは「批判」が怖いと感じる人が多いと思います。

ですが、実際「批判」は全く気にする必要ないですよ。

ネットで批判する人を見てください。
批判するみなさん「顔なし、名前なし、成果なし」の覚悟のない人間です。

今回は、上記ツイートについて深掘りしつつ、「ネット上で批判する人の共通点と対処法」について解説していきます。

批判する人の共通点

そもそもの話として、批判する人にはある共通点があります。

それが、下記の3つです。

  • 顔なし
  • 名前なし
  • 成果なし

批判する人の多くはこの3つに当てはまっています。

 

嘘だと思うなら、調べてみてください。

例えば、堀江貴文さんや、西野亮廣さんや、マナブさんといった人は頻繁に批判を受けていますが、

こういった方々を批判するアカウントを確認してみてください。

顔ついていますか?

名前晒していますか?

何か具体的な成果は出していますか?

おそらく自分は批判や中傷を恐れて顔も名前も出さないくせに、批判しているような人間がほとんどではないでしょうか。

そして、堀江さんやマナブさんより成果を出せていないし、稼げていない人間がほとんどだと思います。

言ってみれば、彼らは態度が大きいだけで、実際は口だけの弱者なのです。

 

こういった弱者に批判されても、まったく気にする必要がありません。

なぜなら、弱者の批判は的外れだから。

出している成果の量がそれを示しています。

【悲しい事実】世の中は二極化する

事実として、世の中は二極化しています。

「応援する人」と「批判する人」です。

「類は友を呼ぶ」は現実の話

「類は友を呼ぶ」って昔からよく言いますよね。

こういったことわざって必ずしも今の時代に当てはまるものとも限らないのですが、

「類は友を呼ぶ」に関しては、今の時代の、現実の話です。

 

実際の話として、なんだかんだでみなさん自分に似た性質の人と仲良くなろうとします。

他人を応援するのが好きな人は、他人を応援する人と仲良くなろうとします。

一方、他人を批判するのが好きな人は、他人を批判する人と仲良くなろうとします。

 

その結果、他人を応援する人の周りには、応援する人が集まります。

他人を批判するのが好きな人は、批判する人が集まります。

 

すると、どうなるでしょうか。

他人を応援するのが好きな人は、知り合い同士で背中を押しながら、成果を出していきます。

他人を批判するのが好きな人は、知り合い同士で足を引っ張り合いながら、ストレスが溜まります。

 

この辺については、どっちが良いとかじゃなく、好みの問題です。

この世に生をうけて特に成果を出すわけでもなく、他人の批判だけを人生の楽しみとして生きていきたい人は、「批判する人」になれば良いです。

ただ、ストレスのない人生を送りたければ、批判ではなく「応援する人」になるべきだと思います。

「批判好きな人」は永遠にいなくならない

ここまで読んだあなたはもしかすると、

世の中には「応援する人」だけ存在していればよくて、「批判する人」はいなくなれば良い、、、

と思うかもしれません。

しかし実際にはそうなることはありません。

 

地球という単位でも、国という単位でも、会社という単位でも、批判好きな人は一定数存在します。

あるいは部活動やサークルやツイッター、オンラインサロンという単位でも、だいたい批判する人は存在しています。

なぜかというと、「批判する人」には自然淘汰の原理が働かないからです。

 

批判する人には、自然淘汰が働かない理由

説明するためにも、いったん原始時代までさかのぼります。

例えば、現代人の多くは「甘いもの」が好きです。

なぜ多くの人は、ただの砂糖と油の塊であるケーキやアイスを好んで食べるのか?

人間は必ずしもドーナツなんて食べる必要がないのに、どうしてミスドはつぶれずに愛され続けているのか?

それは、原始時代の人々にとって甘いものがとても貴重な栄養源だったからです。

 

原始時代の人々は、目の前に甘い果実があれば迷わず食べてしまうことが、栄養を確保する上で、そして生存する上で重要でした。

そして、実際甘いものが好きな人は生存率が高く、甘いものが苦手な人は十分に栄養を確保できず生存率が低かったのです。

だから甘いものが苦手な人は自然に淘汰され、甘いものが好きな人は生き残り、子孫を残しました。

現代では甘いものが好きか嫌いかはさほど重要ではないですが、私たちの多くは甘いものが好きだった人の子孫なので、現代人の多くは甘いものが好きというわけです。

 

この原理を「批判好き」に当てはめてみてください。

原始時代でも、批判が好きな人の周りには、批判が好きな人が集まったかもしれません。

ただ、それだけことで、批判好きという性質が生存に大きく影響することはありませんでした。

現代でも同じことが言えて、批判好きという性質が生存状態に影響を与えることはありません。

他人の批判が好きだからと言って、特定のウイルスに感染することもなければ、死刑になることもないですよね。

だから、批判好きな人は今後も存在し続けるし、批判好きな親の子供は親に影響されて批判好きになるので、毎年一定数は生まれます。

 

そして、大切なポイントですが、批判する人と、応援する人が交わることはありません。

それは先ほども言ったように「類は友を呼ぶ」が世の中の理だから。

悲しい事実ですよね。

 

私としては、世界中の人が仲良くなれたらハッピーだなと思いますが、光と闇が交わらないように、水と油が交わらないように、

批判する人と応援する人が手を取り合って仲良くするということはないのです。

批判好きな人への対処法

批判はスルーしつつ、合わない人とは離れましょう。

批判好きを批判する人もいますが、それすらも無意味です。

先ほども言ったように、批判する人はどこにおいても常に一定数いるものだからです。

無駄な議論や批判をするくらいなら、目標に向けて淡々と努力した方が有意義です。

 

他人の批判をした時点で負けだと思ってください。

繰り返しですが、適切な対処法は「批判はスルーし、離れる」です。

人生の時間を有意義に使おう

一応言っておくと、これから話すのは「批判する人に対する批判」ではなく、

「批判」という行為についての説明です。

 

批判はどれだけ正論だったとしても、他人の批判に時間を費やすこと自体がそもそも無意味な行為です。

世の中では、他人の批判に時間と情熱を捧げる人も見かけますが、、、

他人の批判が好きな人が社会で成功している事例をいまだにみたことがありません。

実はこれにはもっともな理由があります。

 

成功者は批判をしない

批判は無意味な行為だからです。

例えば、野球のイチロー選手は、誰もが認める野球界のトップアスリートです。

イチロー選手は、他人の批判に時間を割きません。

批判に時間を割くなら、野球の練習をした方が有意義だからです。

もちろんイチロー選手だけではなく、同じことはアスリート全体に言えるし、もっと言うと業界の最前線で働くビジネスマンや経営者もみなさん他人の批判に対して時間を割きません。

あなたが尊敬している人は、ネット上で攻撃対象を探しては批判を繰り返していますか?

批判よりももっと有意義なことに時間を使っているはずです。

議論と批判も紙一重

よくある意見として、「批判ではなく、議論なら有意義ではないのか?」という意見もあります。

しかし、会議などの事前に設定された議論の場を除けば、議論も大した成果を生みません。

大抵の場合、価値観の違いを受け容れられず、感情論で会話している場合がほとんどです。

有意義な議論というのは、あらかじめ定められたスケジュールに従って行われている場合。

そうではなく、価値観の違いをもとに自然発生しただけの会話は、議論ではなく単なる批判です。

しっかり区別しましょう。

 

もし人生の時間を有意義に使いたければ、批判ではなく、自分の成長や世の中への価値提供に時間を使うべきですね。

そのほうが、人生の豊かさも楽しさも向上するのでは、と思います。

批判は恐れなくていい

そろそろまとめに入ります。

批判を恐れる必要は全くありません。

批判する人は、しょせん皆弱者だからです。

合わない人とは離れれば問題なしです。

 

あなたが自分の意見を言ってはいけない理由などどこにもないし、

あなたが自分の好きなことを追いかけてはいけない理由などどこにもありません。

日々、自分が正しいと思うこと、納得のいくことを淡々とこなしていきましょう。

すると気づくと周りには「応援する人」が集まってくるはずです。

少なくとも、私はそういう人をこれからも応援していきます。

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