正義とは何か 考えたい21世紀の正義観

オピニオン
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こんにちは、オノユウ(@yumaonodera_)です。

今回は、「正義」というテーマについてお話ししていきます。

前半では正義とは何かについて明確にし、

後半では正義が引き起こす問題と、正義との付き合い方について考察していきます。

それではどうそ。

正義とは何か

まずは正義とは何かについて考えてみましょう。

正義の定義

フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)によると、

正義とは、倫理、合理性、法律、自然法、宗教、公正などに基づく道徳的な正しさに関する概念であるとされています。

つまり、信号を守ることは法律的に正しいので正義の行い、動物をむやみに殺めるのは自然法に反するので正義に反する行い、といったところです。

正義の性質

さて、正義は何に基づいているかについて、先ほどのWikipediaの情報をもとに、改めて列挙していきます。

  • 倫理
  • 合理性
  • 法律
  • 自然法
  • 宗教
  • 公正

正義は、主に上記の6つの要素に基づいているとされています。

さて、ここで問題なのは、正義を定義する上で、これらの要素には矛盾が生じるということです。

 

正義を構成する要素同士は矛盾関係にある

記事冒頭で、信号を守ることは”法律的に正しい”ので「正義である」と言いました。

しかし、普段から車の通りも少なく、車が全く通っていない道で、たまたま赤信号だった場合、歩行者は信号を守るべきでしょうか?

 

信号は事故を未然に防ぐためにあります。

であるならば、”事故が起こりようがない状況”でさえ信号を守るのは、合理性という観点からすると疑問です。

 

“合理性”もまた、”法律”と同じく正義を構成する要素の一つ。

ならば、”合理性”という観点からすると、車が通っていなければ赤信号でも道を渡って問題ないはずです。

しかし一方で、”法律”という観点からすると、赤信号で道を渡るのは”正義”に反する行為です。

合理性か、法律か。果たしてどちらを優先させるべきでしょうか?

 

正義を構成する要素は一貫しているわけではなく、そもそも矛盾関係にあります。

そして、何を優先させるかは私たち自身がその都度判断していく必要があるのです。

 

正義の見え方は人によって異なる

正義の厄介なところは、人によって価値観の異なる曖昧な要素が含まれているという点です。

特に、「倫理」や「宗教」や「公正」は国や地域、個人のレベルでも価値観は大きく異なるかと思います。

 

少しだけ考えてみてください。

凶悪な犯罪者を死刑にすることは、倫理的だろうか?

重篤な病に苦しむ患者の安楽死を認めず、寿命を迎えるまで生命をつなぎとめておくことは、倫理的だろうか?

 

キリスト教を信仰することは、正義だろうか?

それともイスラム教を信仰するほうが正義だろうか?

はたまた無宗教こそが正義だろうか?

 

お金持ちからより多くの税を取り、貧しい人に分配することは公正だろうか?

たとえ少数派が納得のいかない場合でも、多数派の意見を優先させることは公正だろうか?

 

地球に住む誰しもが同じ意見とは限りません。

正義を構成する要素一つをとっても、人によって価値観は異なるのです。

だからこそ、正義の見え方は人によって異なると言えます。

 

さて、ここまでが「正義とは何か」という前提に関するお話

ポイントは3つです。

  • 正義は様々な要素によって構成されている
  • 正義を構成する要素同士は矛盾関係にある
  • 正義の見え方は人によって異なる

さて、正義の概要が分かったところで、

ここからは「正義が引き起こす問題」と「これからの時代の正義との付き合い方」について考察していきます。

正義が引き起こす問題

近年、「正義の暴走」が問題視されています。

 

特に現代は、SNSの普及によって、同質の価値観を持つ者同士が気軽に交流できる時代です。

ただ、異なる価値観に触れないまま、長い間同質の価値観だけで交流が続けば、

たとえそれが自分の周辺だけの狭い繋がりだけの価値観であっても、

「”みんな”こう思っている」

「”みんな”迷惑している」

と錯覚しがち。

そしてその錯覚が、時として「攻撃」や「排除」に繋がることもあるのです。

 

SNSは時として正義の暴走を助長する

例えば、SNSでの炎上。

ある人がインターネット上で、10万円の商品(あるいはサービス)を売ったとします。

ところが、それを見た別の人がSNSなどで、

「そんなものは10万円の価値もない、詐欺だ」

という投稿をします。

なぜそういった投稿をするかというと、他の人が詐欺に合わないようにと啓蒙活動をしているわけです。

少なくとも、その人にとっては。

そして、その投稿は次第に拡散され、多くの人が商品の販売主に対して批判の声を浴びせるようになりました。

一人の人間に対して、顔も名前も知らない多くの人間が寄ってたかって批判するわけです。

 

皆、自分の「正義」に従って、行動しています。

仮に一人の人間が深い心の傷を負ったとしても、

仮に事実でない情報が出回ったとしても、

皆で団結し、正義のために行動したことに満足感を覚えるのです。

 

今お話しした例はあくまで単なる一例に過ぎません。

ですが、正義の暴走は、SNS上に限った話ではありません。

どこでも、そして誰にでも、起こりうる話なのです。

正義との付き合い方

正義が引き起こす問題を踏まえた上で、これからの時代、私たちはどのように正義と付き合っていくべきでしょうか?

ポイントは4つです。

  • 人間は分かり合えないと割り切る
  • 他人の争いごとに首を突っ込まない
  • 一旦立ち止まって考える
  • 思い込みをチェックする

 

人間は分かり合えないと割り切る

全ての価値観が完全に一致する人など、ほとんどいないでしょう。

なので基本的に、人間は分かり合えない生き物なのです。

ですから、むやみに自分の価値観を押し付けたり、相手の価値観を否定しないことが大切です。

 

たまに、「これは批判ではなく議論だ」と言う人もいますが、あらかじめ定められた予定もなく突発的に起きた議論は、ほとんど無駄な結果に終わります。

そして、当事者同士が相手を論破しようとこだわりあまり、

部外者からしたら、発言や議論の内容が稚拙に思えることも少なくありません。

自分の意見を話す場合は、小難しい歴史の話とか、学者の意見の引用したりして、相手に納得を迫る必要はありません。

シンプルに「私はこう思う、理由はこうだから」だけで良いのです。

なぜなら、意見を押し通す必要はないからです。

相手には相手なりの価値観があるとして、認めてあげれば良いのです。

 

 他人の争いごとに首を突っ込まない

特にTwitterやFacebookといったSNSでは、たくさんの人の投稿が一度に見ることができます。

一方で、時として、争いごとや不平不満などの投稿に出くわすこともあります。

しかし、そういった投稿が目に入っても、むやみに首を突っ込まないことが大切です。

安易な気持ちでその話題に参加してしまえば、

のちに他人が持つ怒りや憎しみといった負の感情を自らも受け取ることになります。

 

もし、他人の争いごとに首を突っ込みたくなってしまったら、まずは目を閉じ、深呼吸しましょう。

SNSをやっていたならば、一旦スマホを目の届かない位置に隠してしまうのもアリです。

そうすることで、考える余裕が生まれます。

他人の怒りを共有することは、本当に自分や周りの人にとってメリットになるのか?

その話題に参加して時間を消費するよりも、他に優先すべきことはないだろうか?

考える余裕が生まれれば、冷静な判断ができるはずです。

 

 いったん立ち止まって考える

正義に基づいて行動を起こす時、いったん立ち止まって考える必要があります。

もしかしたら、その行動によって誰かが傷つくかもしれません。

今からすることは正しいことだと信じていても、実は怒りや憎しみで我を失っているだけかもしれません。

 

気に食わない行動をした人に、心無い言葉を浴びせて去っていく。

集団と意見が異なるたった一人の人に対し、皆で団結して制裁を下す。

嘘か事実か分からなくても、過ちを犯したと思う人に社会的制裁と称して尊厳や名誉を傷つける。

それは本当に正義だろうか?

 

正義の暴走が原因で、

世界では、紛争やテロによって毎年大勢の人が命を落としています。

日本では、多くの人がいじめやパワハラに悩まされ、自ら命を絶つ人もいます。

 

今やろうとしていることは、本当に自らが理想とする正義の在り方なのか。

一度立ち止まって考えてみることで、視野が広がるはずです。

 

思い込みをチェックする

ふとした時に、思い込みをチェックすることも大切です。

 

自分だけは間違っていない。そう思い込んではいないだろうか。

心のどこかでは自分は間違った行動をしたのではないだろうかと思っても、それを反省し、改める素直さがなければ、頭の中で「思い込みのつじつま合わせ」が始まります。

たとえ事実と反する思い込みであっても、たとえ倫理的に誤った行いをしたとしても、

自分を正しいことをしたと信じたいあまり、頭の中で無理に「正しいことをした自分」を作ってしまうのです。

こうなってしまうと、他人の価値観を受け入れる余裕がなくなり、やがて正義の暴走に繋がります。

 

そうならないためにも、「自分に思い込みはないだろうか」と時折チェックすることが大切です。

誰しも人は誤った判断や行動を取ることがあります。

素直な気持ちで、自分の正義をメンテナンスしていくことが大切なのです。

まとめ

正義には、人を一定の方向に導き、社会を円滑にする効果もあります。

しかしその一方で、自分の信じる正義や、小さな集団の中の正義を盲信すれば、取り返しのつかない事態を招くことすらあるのです。

 

正義は人の数だけあります。

だからこそ、自分の正義を押し付けるのではなく、お互いの考えや価値観の理解に努め、

たとえ異なる価値観であったとしても、寛容な気持ちで受け入れてあげることが大切ではないでしょうか。

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